バルセロナの「ピカソ美術館」で若き日のピカソと晩年のピカソに出会う

ピカソ(picasso)は美術学校の先生だった父親の転勤により、バルセロナのゴシック地区に14歳の時に引っ越し、その後パリに移り住むまでの10年間暮らしました。いわば、バルセロナはピカソの才能を開花した町と言えるかもしれません。

バルセロナのピカソ美術館の建物は、13世紀に建てられ、15世紀になってアギラール男爵により貴族の屋敷に改築されました。

バルセロナのピカソ美術館は、ピカソから寄贈された作品に加え、ピカソの秘書であり友達でもあった詩人ハイメ・サバルテス(ピカソ美術館の初代館長)の寄贈した作品も含め、1963年に開館。

開館当時はアギラール邸のみでしたが、現在は2つの建物を加え、3つの建物から構成されています。

 

 

館内にはパリのピカソ美術館に匹敵する規模の4,251点の作品がコレクションされていますよ。

バルセロナのピカソ美術館は、ピカソの若き日の作品と晩年の作品が充実していることで知られています。

 

バルセロナの街並み

 

15歳の時描かれた『初聖体拝領』や16歳の時にマドリッドとマラガで賞を受賞した作品『科学と慈愛』などの作品は、とてもそんな年齢で描いたとは思えないレベルの油絵で、ピカソが天才と言われるのも納得です。

20歳の頃点描で描かれた『マルゴット』は、ピカソの出世作と言われています。

晩年の作品の中で特に知られているのが、ベラスケス『ラス・メニーナス』の作品をピカソ流に解釈した連作58枚です。
ピカソは油絵が乾くのを待っていられず、絵を描いている間にいろいろなアイデアが湧いてくるので、何枚かの絵を同時並行で描いていたそうですよ。
ピカソの創作意欲にあふれたエネルギッシュな部分がかいまみられるエピソードです。この作品群はハイメ・サバルテスが亡くなったのを悼んで、ピカソが寄付しました。

バルセロナのピカソ美術館には、常設展示室の他に企画展示室やカフェ、ミュージアムショップもあります。
また、バルセロナにはピカソ美術館の他にも、ピカソに関連する施設があります。

同じゴシック地区にあるカタルーニャ地方およびバレアレス諸島建築家協会のビルの壁画はピカソが手掛けた作品です。その前方には、日曜日に民俗舞踊・サルダーナが踊られる広場があるカテドラルが。

バルセロナのメインストリート・ランブラス通りをはさんで反対側には、ピカソが通い詰めたクアトロ・ガッツ(『4匹の猫』の意味)というカフェもあるので、帰りに立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

バルセロナでピカソが最初に使っていたアトリエは、昨年、Hotel The Serrasというおしゃれなホテルに生まれ変わりました。
ホテルに面したラ・プラタ通りは今も当時の雰囲気を残しているので、ホテル内のレストランやバーに立ち寄りがてら歩いてみるのも良いかもしれません。

ピカソ美術館でピカソの陶芸に興味を持たれた方は、バルセロナ陶芸美術館でも作品に触れることができますよ。