ピカソ館

箱根彫刻の森美術館ピカソ館で気軽にピカソ体験してみませんか?

箱根登山鉄道の彫刻の森駅から至近距離にある箱根彫刻の森美術館。野外に展示された彫刻を見て回るので、あまり美術に興味のない方でも景色を見ながら観光気分で楽しむことができる施設です。

箱根彫刻の森美術館が開館したのは1969年のこと。

箱根彫刻の森美術館内にあるピカソ館は、1984年、マリー・テレーズとの子・マヤさんから譲られた188点の陶芸作品をきっかけにオープンしました。

 

 

現在ピカソ館には、陶芸作品以外にもピカソの絵画、版画、彫刻など300点以上の作品が収められています。
毎週土曜日の13時30分からはピカソ・トークという、ピカソ(picasso)の作品を見ながら解説を聞くことのできるイベントが開催されていますよ。

箱根彫刻の森美術館ピカソ館では2014年8月から収蔵品をテーマ別に分類。収蔵品の内、114点の作品を展示中です。

 

 

<対象の解体>というテーマには、1956年に描かれた『縞のシャツを着た男』、<闘牛>というテーマには、闘牛をテーマにした陶器の皿の連作が。この連作の中で1959年7月1日に作られた陶器の皿は6枚に及び、ピカソの集中ぶりがうかがえます。

デヴィット・ダグラス・ダンカンが撮影した16枚のドキュメンタリー写真も展示されているので、普段のピカソの姿も見ることができますよ。

昨年は、展示中の『猫のいる生物』という絵で描かれたジャクリーヌのブイヤベースを再現し、ピカソの食卓を味覚でも体験するという面白いワークショップも開催されました。

箱根彫刻の森美術館ピカソ館には、大作やどうしてもこれを見なくてはいけない、という作品はないです。しかし、日本の観光地でこれだけピカソの作品を見ることができるというのはかなり貴重なことだと思います。大人以上に、子供が本物の作品に触れることで何か影響を受けるきっかけになるかもしれません。

こんなお土産も売っているみたいですよ!

 

 

箱根彫刻の森美術館には、ピカソ館以外にも約120点の野外彫刻が展示されています。

特に有名なのは、ニキ・ド・サンファールの巨大なハリボテの女性像『ミス・ブラック・パワー』、昔テレビコマーシャルでも使われていた、黒い男性像と赤い女性像がつながる、後藤良二氏の『交差する空間構造』など。

 

 

他に、岡本太郎、猪熊弦一郎、ジャコッメッティ、ブランクーシの作品やヘンリー・ムーア、メダルド・ロッソの作品群もあります。

塔の壁面がステンドグラス貼りのシンフォニー彫刻も必見です。

箱根彫刻の森美術館には、子供が楽しめる遊具や足湯などアトラクション的な場所もあるので、1日たっぷり楽しむことができますよ。

箱根には、ポーラ美術館にも青の時代の作品『海辺の母子像』をはじめとしたピカソ・コレクションがあるので、お時間があればぜひこちらも訪れてみてください。

カペル橋

スイスの「ローゼンガルト・コレクション」はピカソ作品を多く展示する意外な穴場

スイスの中央部に位置するルツェルンは、湖にかかるヨーロッパ最古の屋根付きの木橋・カペル橋がランドマークの、中世の街並みが残る都市です。

 

カペル橋

 

ローゼンガルト・コレクションは、ルツェルン駅からほど近い新市街に建つ、2002年にオープンした旧スイス国立銀行の建物を利用した美術館です。

画商のアンジェラ・ローゼンガルトさんが父娘2代で集めたコレクションを展示している美術館で、2008年にはルツェルンの別の場所にあったピカソ美術館のコレクションも一緒に展示されるようになりました。ピカソ美術館にあった作品は、もともとローゼンガルト家がルツェルン市に寄贈したものです。

アンジェラさんの父・ジークフリートさんはドイツ出身のユダヤ系画商で、ドイツでギャラリーを開く叔父ハインリヒ・タンハウザーの代わりに1920年、ルツェルンで画廊を開きました。ハインリヒ・タンハウザーのコレクションは、現在、ニューヨークのグッゲンハイム美術館のタンハウザー・コレクションで見ることができます。

ジークフリートさんは、同じくドイツ出身のユダヤ系画商でパリ在住のダニエル・ヘンリー・カーンワイラーと長年の友達でした。

キュビスムの発展に貢献し、ピカソ(picasso)の画商としても名高いカーンワイラーとの友情に感謝し、画廊で1956年から1971年にかけて8回のピカソ展を開催。ローゼンガルト家はピカソのもとを頻繁に訪れるようになり、ピカソはアンジェラさんの肖像画も描きました。その肖像画はローゼンガルト・コレクション内で見ることができますよ。

ローゼンガルト・コレクションの1階のフロアにはピカソの作品が約180点展示されています。なかでも、晩年に描かれた32枚の油絵が見どころです。

1968年に描かれた『パイプと花を持った紳士』や1969年に描かれた『レンブラント風の人物とアモール』などは、とても80代後半で描いたとは思えないような力強さにあふれています。

他に、画家とモデル時代の原点になった作品・1950年の『画家の肖像(エル・グレコによる)』、1960年に描かれた画家とモデル時代の作品『マネの『草上の昼食』より』、マリー・テレーズを描いた1938年の『花の前の麦わら帽子をかぶった女』、1943年の『ドラ・マールの肖像』など、アンジェラ・ローゼンガルトさん父娘が気に入って手放さなかったコレクションが展示されています。

 

 

 

デヴィット・ダグラス・ダンカンが撮影した200枚の写真も展示されていて、ピカソの素顔をかいまみることもできますよ。

ローゼンガルト・コレクションはピカソと共に、パウル・クレーの作品が多く展示されていることでも知られています。
また、セザンヌ、モネ、マティス、ブラックなど21人の近代絵画の画家の作品も展示されているので、スイスを訪れる際にはぜひ立ち寄って見てはいかがですか。

ポンピドゥセンター

パリの「ポンピドゥーセンター」でピカソの『ミューズ』に会おう!

パリのポンピドゥーセンターは、元フランス大統領ジョルジュ・ポンピドゥーが設立の主導権を握り、記念にその名前がついた国立近代美術館です。

 

ポンピドゥセンター

 

1977年のオープン当初は、レンゾ・ピアノとリチャード・ロジャースによる設計が奇抜過ぎてパリの町にあわないと物議を醸しましたが、今はエッフェル塔のようにパリの町になじんでいます。

初めて見ると、ちょっと工事中の建物に見えなくもありません。

ポンピドゥーセンターは、絵本『リサとガスパール』に登場し、より有名になりました。

ポンピドゥーセンターにあるピカソ(picasso)の一番有名な作品は、『バレエ『パレード』の幕』という作品です。

セルゲイ・ディアギレフのロシア・バレエ団(バレエ・リュス)がローマで公演する際、ジャン・コクトーに誘われたピカソは、この作品の舞台美術と衣裳を手掛けます。

バレエ『パレード』は、作:ジャン・コクトー、舞台美術:ピカソ、作曲:エリック・サティという豪華メンバーで上演されました。

この作品に出演していたのが、ピカソの最初の妻になるオルガ・コクローヴァです。ローマへの旅は、ピカソが古典主義の作品を作るきっかけにもなりました。

『バレエ『パレード』の幕』はポンピドゥーセンターが所蔵しているのですが、縦10.5m×横16.4mという巨大な作品のため、パリのポンピドゥーセンターで飾られたことはありません。

2012年、メッスにある日本人建築家・坂茂氏が設計のポンピドゥーセンターの別館で21年ぶりに展示されました。

それ以外の作品でポンピドゥーセンターにあるピカソの特に有名な作品は、今年東京で展示された『ミューズ』です。この作品でテーブルに伏せている女性は、愛人マリー・テレーズがモデルだと言われています。

1935年1月、この時期はまだマリー・テレーズの妊娠が明らかになっていませんでしたが、その後、オルガが家を出ていく、マリー・テレーズとの子マヤが生まれる、とこの年はピカソにとって波乱万丈な年だったようです。

他にもポンピドゥーセンターには、1938年に描かれた『女性の肖像』、1942年に描かれた『朝の調べ(オーバード)』、『アヴィニョンの娘たち』の習作である1907年に描かれた『3人の女たち』などのピカソ作品があります。

ポンピドゥーセンターには、それ以外にもマティス、シャガール、モンドリアンなど近・現代の有名作家の作品が多く展示されていますよ。

ポンピドゥーセンターの敷地内には、ニキ・ド・サンファールのカラフルなオブジェが置かれた池のあるストラヴィンスキー広場やブランクーシのスタジオを再現した施設もあります。

ポンピドゥーセンターの最上階にある、パリでは有名なコスト兄弟プロデュースのレストラン・ジョルジュにはテラス席もあり、ここから夜景を見るのもおすすめ。

 

MoMA

「MoMA」でピカソのキュビスム時代の作品に触れてみましょう!

通称・MoMAと呼ばれているニューヨーク近代美術館。1929年、3人の女性によりオープンしたこの美術館は、2004年、日本人建築家・谷口吉生氏の設計により、リニューアルオープンしました。

 

MoMA

 

約15万点という収蔵数を誇るMoMAは、世界の中でも近代美術と現代美術のコレクションが充実していることで知られています。つい先頃、日本の携帯絵文字が展示されることでも話題になりましたよ。

MoMAのピカソ・コレクションの中で特に知られているのは『アヴィニョンの娘たち』です。

 

 

この作品は1907年、パリ・モンマルトルにあった洗濯船というアトリエで制作された作品で、フランスのアヴィニョンではなく、バルセロナにあったアヴィニョ(フランス語の発音でアヴィニョン)という娼婦街の女性たちをモデルにした作品です。

ピカソ(picasso)のばら色の時代からの転換期に描かれた作品で、ばら色の時代の明るい色調を残しつつも、キュビスムとアフリカ仮面彫刻の影響を受けた作品となっています。また、この作品がきっかけで、立体をいろんな角度から見て平面で表現するキュビスムの手法が広がりました。

『アヴィニョンの娘たち』は描かれた当初、現在ではキュビスムの作家として名を知られるブラックやマティスなどから批判を受け、約20年、アトリエの中で放置されていたようです。

それを、シュールリアリストの詩人ルイ・アラゴンやアンドレ・ブルトンが発見したため、一躍日の目を浴びるようになりました。

見る者の感情を波立たせるこの絵は、ピカソがピカソらしくなった原点の作品とも言えるかもしれません。

MoMAには『アヴィニョンの娘たち』以外にも、分析的キュビスム時代の作品『わたしのかわいい人』、総合的キュビスム時代の作品『トランプ遊びをする人』、『アルルカン』、『三人の音楽家たち』。

そしてピカソが、

「これは絵画ですか?彫刻ですか?」

と聞かれ、

「ギターだ!」

と答えたと言われる、総合的キュビスム時代の立体作品『ギター』などキュビスムの作品が多く収蔵されています。

 

三人の音楽家たち

 

他にも、マリー・テレーズを描いたシュールレアリスム時代の作品『鏡の前の少女』、以前MoMAに展示されていた『ゲルニカ』の着想のもととなった版画『ミノタウロマキア』などは、ぜひ見ておきたい作品です。

 

 

MoMAにはピカソの他にも、ゴッホの『星月夜』、アンディ・ウォーホルの『キャンベル・スープ』、マティスの『ダンス』など有名作品がいっぱい。

これらの作品は4階・5階の常設フロアに展示されています。

館内にはレストラン・カフェ・ギフトショップもあるので、1日たっぷり楽しむことができますよ。

ゲルニカ

ピカソの代表作『ゲルニカ』を展示する美術館・ソフィア王妃芸術センター

ピカソ(picasso)の代表作『ゲルニカ』は、スペインの首都・マドリード、アトーチャ駅近くのソフィア王妃芸術センターに展示されています。ソフィア王妃芸術センターは、18世紀に建てられた病院を改装してオープンしました。

 

 

『ゲルニカ』がこの美術館に展示されるようになったのは、1992年のことです。それまでは同じくマドリードのプラド美術館にあり、その前はMOMA(ニューヨーク近代美術館)にありました。

この作品はスペイン内戦中のナチス・ドイツによる1937年4月26日のゲルニカ爆撃をテーマとした作品で、ピカソはそのたった5日後の5月1日に制作を開始したそうです。

その年のパリ万博博覧会スペイン館に展示する作品を1月に依頼されていたピカソですが、まだ描く作品を決めかねていました。ものすごい集中力を発揮し、ピカソは約50日で『ゲルニカ』を完成。

『ゲルニカ』は縦約3.49m×横約7.77mというかなり巨大な作品です。

その後、内戦に勝利したフランコが独裁政権を樹立すると、ピカソは亡くなるまで公式にはスペインに帰らなかったと言われています。

フランコに絵を没収されることを恐れたピカソは、『ゲルニカ』をMOMAに展示。1981年、フランコとピカソの死後、ピカソの遺志により『ゲルニカ』はスペインに戻ることになりました。

『ゲルニカ』は爆撃の悲惨さを表現した絵ですが、モノトーンで描くことにより、カラーで描くよりも見る者に強烈な印象を与えることに成功しました。

『ゲルニカ』の中に描かれた泣く女のモデルになったのはドラ・マールで、カメラマンの彼女は、『ゲルニカ』の制作風景も写真に収めました。ピカソがドラ・マールをモデルに『泣く女』の連作を描くようになったのは、この作品がきっかけです。

ソフィア王妃芸術センターと言ったらこの作品が浮かぶくらい有名作品なので、サバティーニ館(本館)2階の展示室には人がひっきりなしに訪れます。ソフィア王妃芸術センターは平日の19:00以降や日曜の13:30以降は入場無料なので、その時間をねらって訪れるのも良いかもしれません。

 

 

ソフィア王妃芸術センターには『ゲルニカ』以外にも、青の時代の『青衣の女』、キュビスム時代の『死んだ小鳥』などの作品が別室に展示されていますのでお見逃しなく。

この美術館にはピカソ以外にもダリ、ミロ、タピエスの絵画作品、映画監督ルイス・ブニュエルのドキュメンタリー作品など、スペイン出身のアーティストの作品も多く展示されています。

ソフィア王妃芸術センターにはミュージアムショップの他、ジャン・ヌーヴェル設計の新館にポップなインテリアが印象的なカフェもありますよ。

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マラガ美術館

マラガのピカソ美術館で、ピカソが生まれ育った町の息吹を感じてみましょう!

スペインのアンダルシア地方にある港町・マラガはピカソ(picasso)が生まれてから10歳まで過ごした場所です。美術学校の先生である父親の転勤で、一家はその後、ガリシア地方のラ・コルーニャに引っ越しました。

マラガには今もピカソが生まれた家が残され、ピカソ美術館と共に観光名所になっています。

マラガ

 

実は生まれた時、ピカソは息をしていなかったそうなのですが、医者である叔父さんが葉巻の煙を鼻の近くで吹きかけたところ、危うく助かったそうです。

マラガのピカソ美術館は2003年、ピカソの最初の妻・オルガとの息子ポールの妻であったクリスティーヌとその子供のベルナールの寄贈したコレクションを展示するため開館しました。

 

 

ピカソの秘書であり友達でもあった詩人ハイメ・サバルテスは、自身のピカソ・コレクションをマラガに美術館を造って収めようと思っていたのですが、ピカソ自身がより自分に関係があるバルセロナに美術館を造ると決めたため、結局そちらにコレクションを収めることになったようです。

約50年の時を経てマラガにオープンした待望のピカソ美術館には、現在233点の作品が収められています。
また、15年の期間限定で、43点の作品がリースされているそうです。

旧市街の中心に位置するマラガのピカソ美術館は、ルネサンス様式とムデハル様式を取り入れて建てられた16世紀のブエナビスタ宮殿を改装したものです。あまり聞きなれないムデハル様式ですが、イスラム教の建築様式とキリスト教の建築様式をミックスしたアンダルシア地方では良く見られる建築様式です。

親族から寄付された作品が集められているので、この美術館には家族に関する絵が多くあります。

 

オルガをリアルに描いた『マンティラを身に着けるオルガ・コクローヴァ』、オルガと息子ポールがモデルの1921年に描かれた『母と子』、愛人ドラ・マールをモデルにした『腕を上げる女性』、2番目の妻・ジャクリーヌを描いた『座るジャクリーヌ』、『水浴びをする人』など。

他にも彫刻や陶芸などの作品があり、それらがほぼ作られた順番通りに展示されています。

白い壁面に間隔を開けて飾られているため、作品が非常に見やすく、チケットを買うとついてくる日本語の音声ガイドも作品を理解しやすい内容になっています。

美術館の地下には、古代遺跡が遺されていますので、興味のある方はこちらも立ち寄ってみてください。

館内にはミュージアムショップの他、開放感のある明るい中庭を利用したカフェもありますよ。

マラガのピカソ美術館からほど近いピカソの生家は現在ミニ博物館として公開されていて、ピカソの父親の作品やピカソの写真などが展示されています。建物の前にあるメルセ広場はピカソが小さい頃遊んだ広場で、ベンチに座るピカソ像と記念写真を撮ることも可能です。

2015年3月、マラガにはパリのポンピドゥーセンターの別館が5年の期間限定でオープンしました。

こちらはフランス以外で初めてできたポンピドゥーセンターの別館で、カラフルな箱型の外観がインパクト大。約70点の現代アートが展示されていて、その中にはピカソの『花飾りの帽子』も含まれています。マラガ港に面しているので、展示を見終わった後は散歩もおすすめです。

戦争と平和

「ピカソ戦争と平和美術館」は礼拝堂内の巨大壁画が見られる美術館

南フランス・コートダジュールにあるヴァロリスは、古くから陶芸の町として知られています。しかし、ちょっと衰退していた時期もあったのです。

ところが1948年、ピカソ(picasso)が移り住み、大量の陶芸作品をヴァロリスで作り出したことから、また陶芸の町として活気を取り戻しました。

ピカソ戦争と平和美術館は、別名・国立ピカソ美術館または『戦争と平和 国立ピカソ美術館』とも呼ばれています。

ヴァロリス城は12世紀に造られた修道院を16世紀に城に改築した建物で、ピカソ戦争と平和美術館があるのはその中にある礼拝堂です。ピカソは70歳の誕生日を祝ってくれた町の人々への感謝のため、お礼にこの礼拝堂に壁画を描くことにしました。

この美術館に飾られているのは『戦争と平和』という作品のみです。

 

 

対の作品『戦争』と『平和』そして『世界の4つの部分』の3枚で1セットの『戦争と平和』。

『ゲルニカ』や『朝鮮の虐殺』は戦争反対を前面に打ち出した内容になっていますが、『戦争と平和』では、戦争の愚かしさと共に、幸せや世界平和の大切さが描かれています。

『戦争』と『平和』は、かまぼこ状の礼拝堂の内部の天井部分で左右に分けられ、その奥には2つの作品をつなぐように半円形の『世界の4つの部分』が。

天井までびっしり絵が描かれている礼拝堂に入ると、全身絵に囲まれその迫力に圧倒されます。

ヴァロリス城の中にはピカソ戦争と平和美術館以外に、陶芸博物館とマニエリ美術館という2つの施設があります。

ヴァロリスで制作された陶芸作品の多くはアンティーブのピカソ美術館に展示されているのですが、こちらの陶芸博物館でもピカソの陶芸作品やマティスと競作した石版画などを見ることができます。

ヴァロリス城内には、もちろんミュージアムショップもありますよ。

ヴァロリス城前の広場には、ピカソが寄贈したブロンズ像・『羊を抱えた男』も。この作品はピカソには珍しく公共の場所のために造られた像です。パリのピカソ美術館やアメリカのフィラデルフィアには、この作品のコピー作品があるそうですよ。

ヴァロリスの町の中には、以前はピカソのレプリカを制作していたマドゥーラ窯も残っています。

マドゥーラ窯はピカソが陶芸を習い、大量の陶芸作品を生み出した場所です。

ピカソはレプリカの食器が、食卓で日常使いされることを望んでいたようですよ。

現在マドゥーラ窯ではアトリエをギャラリーとして一般公開しているため、ピカソの作品やピカソのレプリカを見ることができます。

ピカソの陶芸については、『ピカソの陶芸』という本に201点の陶芸作品が収録されています。

 

ピカソの陶芸

『ピカソの陶芸』監修:岡村多佳夫(パイインターナショナル)
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アンティーブ

アンティーブの「ピカソ美術館」は、ピカソのアトリエもあった古城を利用した美術館

南フランス・コートダジュールの一角にある港町・アンティーブ。その町の地中海に面した風光明媚な場所にあるピカソ美術館は、かつては古代ギリシャの城砦でした。

 

司教館を経て、グリマルディ家の居城となり、ピカソがアンティーブを再訪した時には、考古学関連の博物館として利用されていました。

 

アンティーブ近くのホテルに泊まっていたピカソ(picasso)でしたが、部屋に絵の道具を置くとスペースが狭くなってしまうため、博物館の一部をアトリエとして利用しては、という博物館の館長の提案を受けました。
ちなみに、前回アンティーブを訪れた際に、ピカソはグリマルディ城を『アンティーブの夜釣り』という作品の中に描いています。

1946年の9月から11月の間、23枚の絵と44枚のデッサンをこの場所で制作したピカソは、これらの作品を博物館に永久貸与。
そのコレクションをもとに、その後移り住んだヴァロリスで作った陶芸作品も加え、アンティーブのピカソ美術館は、1966年にフランス初のピカソ美術館としてオープンしました。1991年には2番目で最後の妻・ジャクリーヌのコレクションも追加されています。

2008年、アンティーブのピカソ美術館はリニューアルオープンしたのですが、そのタイミングでピカソの作品は、彼が実際に利用していたアトリエの中に展示されるようになりました。

ピカソのアトリエとして実際に使われていた部屋に入れるのは、世界でもここだけだそうです。

愛人・フランソワーズ・ジローとの生活、第二次世界大戦後の開放感、南仏の温暖で光が満ちあふれる環境に影響されたためか、この時代に作られた作品は明るい作品が多いです。

 

 

この美術館で特に有名なのは『生きる喜び』という作品です。

明るい色彩で、音楽を奏でる笑顔のいきものが描かれたこの絵を見ると、思わず微笑まずにはいられません。
他に、神話をモチーフにした『ユリシーズとセイレーン』、 壁に直接描かれた『アンティーブの鍵』という作品などがあります。

アンティーブのピカソ美術館は、ピカソだけの作品が収められた美術館ではありません。

特に、ロシア出身の亡命画家・ニコラ・ド・スタールによる未完の大作『コンサート』は必見です。

他にも、バルテュス、エルンスト、ピカビアなどの作品が展示された現代アートコーナーも。

地中海を目の前に臨むテラスには、ピカソ作の彫像の他、ミロ作の『海の女神』などの彫刻も置かれています。
館内にはミュージアムショップもあるので、記念のおみやげも忘れずに。

バルセロナの「ピカソ美術館」で若き日のピカソと晩年のピカソに出会う

ピカソ(picasso)は美術学校の先生だった父親の転勤により、バルセロナのゴシック地区に14歳の時に引っ越し、その後パリに移り住むまでの10年間暮らしました。いわば、バルセロナはピカソの才能を開花した町と言えるかもしれません。

バルセロナのピカソ美術館の建物は、13世紀に建てられ、15世紀になってアギラール男爵により貴族の屋敷に改築されました。

バルセロナのピカソ美術館は、ピカソから寄贈された作品に加え、ピカソの秘書であり友達でもあった詩人ハイメ・サバルテス(ピカソ美術館の初代館長)の寄贈した作品も含め、1963年に開館。

開館当時はアギラール邸のみでしたが、現在は2つの建物を加え、3つの建物から構成されています。

 

 

館内にはパリのピカソ美術館に匹敵する規模の4,251点の作品がコレクションされていますよ。

バルセロナのピカソ美術館は、ピカソの若き日の作品と晩年の作品が充実していることで知られています。

 

バルセロナの街並み

 

15歳の時描かれた『初聖体拝領』や16歳の時にマドリッドとマラガで賞を受賞した作品『科学と慈愛』などの作品は、とてもそんな年齢で描いたとは思えないレベルの油絵で、ピカソが天才と言われるのも納得です。

20歳の頃点描で描かれた『マルゴット』は、ピカソの出世作と言われています。

晩年の作品の中で特に知られているのが、ベラスケス『ラス・メニーナス』の作品をピカソ流に解釈した連作58枚です。
ピカソは油絵が乾くのを待っていられず、絵を描いている間にいろいろなアイデアが湧いてくるので、何枚かの絵を同時並行で描いていたそうですよ。
ピカソの創作意欲にあふれたエネルギッシュな部分がかいまみられるエピソードです。この作品群はハイメ・サバルテスが亡くなったのを悼んで、ピカソが寄付しました。

バルセロナのピカソ美術館には、常設展示室の他に企画展示室やカフェ、ミュージアムショップもあります。
また、バルセロナにはピカソ美術館の他にも、ピカソに関連する施設があります。

同じゴシック地区にあるカタルーニャ地方およびバレアレス諸島建築家協会のビルの壁画はピカソが手掛けた作品です。その前方には、日曜日に民俗舞踊・サルダーナが踊られる広場があるカテドラルが。

バルセロナのメインストリート・ランブラス通りをはさんで反対側には、ピカソが通い詰めたクアトロ・ガッツ(『4匹の猫』の意味)というカフェもあるので、帰りに立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

バルセロナでピカソが最初に使っていたアトリエは、昨年、Hotel The Serrasというおしゃれなホテルに生まれ変わりました。
ホテルに面したラ・プラタ通りは今も当時の雰囲気を残しているので、ホテル内のレストランやバーに立ち寄りがてら歩いてみるのも良いかもしれません。

ピカソ美術館でピカソの陶芸に興味を持たれた方は、バルセロナ陶芸美術館でも作品に触れることができますよ。

パリ

パリの「ピカソ美術館」で、ピカソの多作ぶりに触れてみませんか?

パリのピカソ美術館の一番の売りは、収蔵品の多さです。ピカソ(picasso)が亡くなる前、フランス政府が物納による相続税『ピカソ法』を認めるようになったため、遺族がフランス政府に作品を大量に寄贈しました。

ピカソが自分の元に遺した作品は約70,000点でしたが、その内、パリのピカソ美術館に収蔵されているのは約5,000点です。

パリのピカソ美術館では、青の時代の作品からキュビスム・新古典主義・シュールレアリスムまで、ピカソの変遷をトータルに学ぶことができます。版画や陶芸、彫刻作品などもありますよ。

親友カサヘマスの自殺に影響された青の時代の『自画像』、『ラ・セレスティーナ』、最初の夫人・元ロシアのバレーダンサー・オルガを描いた新古典主義時代の作品『肘掛椅子に坐るオルガの肖像』、オルガとの一人息子・ポールを描いた『アルルカンに扮したポール』、シュールレアリスム時代に描かれた、ピカソ45歳の時の17歳の愛人『マリー・テレーズの肖像』、写真家で『ゲルニカ』の制作過程を撮影したもう1人の愛人『ドラ・マールの肖像』、晩年のテーマ・画家とモデルの作品『草上の朝食・マネに基づく』……など、見逃せない作品が多く展示されています。

パリのピカソ美術館は2015年のリニューアルにより展示スペースが2倍に増えたため、リニューアルオープン前は約280点だった展示数が約500点に変更になりました。

地下には愛人だったドラ・マールが撮影した『ゲルニカ』の制作過程の写真展示、3階にはピカソが所有していたマティスを始めとする他の画家の作品の展示スペースもありますよ。

 

ピカソ美術館は別名オテル・サレ(日本語で『塩の館』の意味)と呼ばれる17世紀の塩税徴収人の屋敷を利用した美術館で、マレの落ち着いた街並みに溶け込み、ちょっと美術館とは気付きにくい雰囲気です。
そこがいわゆる箱モノの美術館と異なり、作品との距離が近く、アットホームな雰囲気で作品を鑑賞することができます。

内部も、シックなモノトーンのタイルや、屋根裏の梁など、あまりピカソに興味がなくても歴史的な建物に興味のある方ならば楽しめるスペースになっています。

彫刻家・ジャコメッティの弟ディエゴ・ジャコメッティがシャンデリヤや椅子などの装飾を手掛けているので、そこも見どころの一つです。

パリのピカソ美術館の館内には、テラス席もあるカフェスペースやミュージアムショップもあるので、展示を見た後、作品談義に花を咲かせたり、しばし感慨にふけってみたりしてみてはいかがでしょうか。