戦争と平和

「ピカソ戦争と平和美術館」は礼拝堂内の巨大壁画が見られる美術館

南フランス・コートダジュールにあるヴァロリスは、古くから陶芸の町として知られています。しかし、ちょっと衰退していた時期もあったのです。

ところが1948年、ピカソ(picasso)が移り住み、大量の陶芸作品をヴァロリスで作り出したことから、また陶芸の町として活気を取り戻しました。

ピカソ戦争と平和美術館は、別名・国立ピカソ美術館または『戦争と平和 国立ピカソ美術館』とも呼ばれています。

ヴァロリス城は12世紀に造られた修道院を16世紀に城に改築した建物で、ピカソ戦争と平和美術館があるのはその中にある礼拝堂です。ピカソは70歳の誕生日を祝ってくれた町の人々への感謝のため、お礼にこの礼拝堂に壁画を描くことにしました。

この美術館に飾られているのは『戦争と平和』という作品のみです。

対の作品『戦争』と『平和』そして『世界の4つの部分』の3枚で1セットの『戦争と平和』。

戦争と平和

『ゲルニカ』や『朝鮮の虐殺』は戦争反対を前面に打ち出した内容になっていますが、『戦争と平和』では、戦争の愚かしさと共に、幸せや世界平和の大切さが描かれています。

『戦争』と『平和』は、かまぼこ状の礼拝堂の内部の天井部分で左右に分けられ、その奥には2つの作品をつなぐように半円形の『世界の4つの部分』が。

天井までびっしり絵が描かれている礼拝堂に入ると、全身絵に囲まれその迫力に圧倒されます。

ヴァロリス城の中にはピカソ戦争と平和美術館以外に、陶芸博物館とマニエリ美術館という2つの施設があります。

ヴァロリスで制作された陶芸作品の多くはアンティーブのピカソ美術館に展示されているのですが、こちらの陶芸博物館でもピカソの陶芸作品やマティスと競作した石版画などを見ることができます。

ヴァロリス城内には、もちろんミュージアムショップもありますよ。

ヴァロリス城前の広場には、ピカソが寄贈したブロンズ像・『羊を抱えた男』も。この作品はピカソには珍しく公共の場所のために造られた像です。パリのピカソ美術館やアメリカのフィラデルフィアには、この作品のコピー作品があるそうですよ。

ヴァロリスの町の中には、以前はピカソのレプリカを制作していたマドゥーラ窯も残っています。

マドゥーラ窯はピカソが陶芸を習い、大量の陶芸作品を生み出した場所です。

ピカソはレプリカの食器が、食卓で日常使いされることを望んでいたようですよ。

現在マドゥーラ窯ではアトリエをギャラリーとして一般公開しているため、ピカソの作品やピカソのレプリカを見ることができます。

ピカソの陶芸については、『ピカソの陶芸』という本に201点の陶芸作品が収録されています。

ピカソの陶芸

『ピカソの陶芸』監修:岡村多佳夫(パイインターナショナル)
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アンティーブ

アンティーブの「ピカソ美術館」は、ピカソのアトリエもあった古城を利用した美術館

南フランス・コートダジュールの一角にある港町・アンティーブ。その町の地中海に面した風光明媚な場所にあるピカソ美術館は、かつては古代ギリシャの城砦でした。

アンティーブ
司教館を経て、グリマルディ家の居城となり、ピカソがアンティーブを再訪した時には、考古学関連の博物館として利用されていました。

アンティーブ近くのホテルに泊まっていたピカソ(picasso)でしたが、部屋に絵の道具を置くとスペースが狭くなってしまうため、博物館の一部をアトリエとして利用しては、という博物館の館長の提案を受けました。
ちなみに、前回アンティーブを訪れた際に、ピカソはグリマルディ城を『アンティーブの夜釣り』という作品の中に描いています。

1946年の9月から11月の間、23枚の絵と44枚のデッサンをこの場所で制作したピカソは、これらの作品を博物館に永久貸与。
そのコレクションをもとに、その後移り住んだヴァロリスで作った陶芸作品も加え、アンティーブのピカソ美術館は、1966年にフランス初のピカソ美術館としてオープンしました。1991年には2番目で最後の妻・ジャクリーヌのコレクションも追加されています。

2008年、アンティーブのピカソ美術館はリニューアルオープンしたのですが、そのタイミングでピカソの作品は、彼が実際に利用していたアトリエの中に展示されるようになりました。

ピカソのアトリエとして実際に使われていた部屋に入れるのは、世界でもここだけだそうです。

愛人・フランソワーズ・ジローとの生活、第二次世界大戦後の開放感、南仏の温暖で光が満ちあふれる環境に影響されたためか、この時代に作られた作品は明るい作品が多いです。

この美術館で特に有名なのは『生きる喜び』という作品です。

明るい色彩で、音楽を奏でる笑顔のいきものが描かれたこの絵を見ると、思わず微笑まずにはいられません。
他に、神話をモチーフにした『ユリシーズとセイレーン』、 壁に直接描かれた『アンティーブの鍵』という作品などがあります。

アンティーブのピカソ美術館は、ピカソだけの作品が収められた美術館ではありません。

特に、ロシア出身の亡命画家・ニコラ・ド・スタールによる未完の大作『コンサート』は必見です。

他にも、バルテュス、エルンスト、ピカビアなどの作品が展示された現代アートコーナーも。

地中海を目の前に臨むテラスには、ピカソ作の彫像の他、ミロ作の『海の女神』などの彫刻も置かれています。
館内にはミュージアムショップもあるので、記念のおみやげも忘れずに。

バルセロナの街並み

バルセロナの「ピカソ美術館」で若き日のピカソと晩年のピカソに出会う

ピカソ(picasso)は美術学校の先生だった父親の転勤により、バルセロナのゴシック地区に14歳の時に引っ越し、その後パリに移り住むまでの10年間暮らしました。いわば、バルセロナはピカソの才能を開花した町と言えるかもしれません。

バルセロナのピカソ

バルセロナのピカソ美術館の建物は、13世紀に建てられ、15世紀になってアギラール男爵により貴族の屋敷に改築されました。

バルセロナのピカソ美術館は、ピカソから寄贈された作品に加え、ピカソの秘書であり友達でもあった詩人ハイメ・サバルテス(ピカソ美術館の初代館長)の寄贈した作品も含め、1963年に開館。

開館当時はアギラール邸のみでしたが、現在は2つの建物を加え、3つの建物から構成されています。

館内にはパリのピカソ美術館に匹敵する規模の4,251点の作品がコレクションされていますよ。

バルセロナのピカソ美術館は、ピカソの若き日の作品と晩年の作品が充実していることで知られています。

バルセロナの街並み

15歳の時描かれた『初聖体拝領』や16歳の時にマドリッドとマラガで賞を受賞した作品『科学と慈愛』などの作品は、とてもそんな年齢で描いたとは思えないレベルの油絵で、ピカソが天才と言われるのも納得です。

20歳の頃点描で描かれた『マルゴット』は、ピカソの出世作と言われています。

晩年の作品の中で特に知られているのが、ベラスケス『ラス・メニーナス』の作品をピカソ流に解釈した連作58枚です。
ピカソは油絵が乾くのを待っていられず、絵を描いている間にいろいろなアイデアが湧いてくるので、何枚かの絵を同時並行で描いていたそうですよ。
ピカソの創作意欲にあふれたエネルギッシュな部分がかいまみられるエピソードです。この作品群はハイメ・サバルテスが亡くなったのを悼んで、ピカソが寄付しました。

バルセロナのピカソ美術館には、常設展示室の他に企画展示室やカフェ、ミュージアムショップもあります。
また、バルセロナにはピカソ美術館の他にも、ピカソに関連する施設があります。

同じゴシック地区にあるカタルーニャ地方およびバレアレス諸島建築家協会のビルの壁画はピカソが手掛けた作品です。その前方には、日曜日に民俗舞踊・サルダーナが踊られる広場があるカテドラルが。

バルセロナのメインストリート・ランブラス通りをはさんで反対側には、ピカソが通い詰めたクアトロ・ガッツ(『4匹の猫』の意味)というカフェもあるので、帰りに立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

バルセロナでピカソが最初に使っていたアトリエは、昨年、Hotel The Serrasというおしゃれなホテルに生まれ変わりました。
ホテルに面したラ・プラタ通りは今も当時の雰囲気を残しているので、ホテル内のレストランやバーに立ち寄りがてら歩いてみるのも良いかもしれません。

ピカソ美術館でピカソの陶芸に興味を持たれた方は、バルセロナ陶芸美術館でも作品に触れることができますよ。

パリ

パリの「ピカソ美術館」で、ピカソの多作ぶりに触れてみませんか?

パリのピカソ美術館の一番の売りは、収蔵品の多さです。ピカソ(picasso)が亡くなる前、フランス政府が物納による相続税『ピカソ法』を認めるようになったため、遺族がフランス政府に作品を大量に寄贈しました。

 

ピカソが自分の元に遺した作品は約70,000点でしたが、その内、パリのピカソ美術館に収蔵されているのは約5,000点です。

パリのピカソ美術館では、青の時代の作品からキュビスム・新古典主義・シュールレアリスムまで、ピカソの変遷をトータルに学ぶことができます。版画や陶芸、彫刻作品などもありますよ。

親友カサヘマスの自殺に影響された青の時代の『自画像』、『ラ・セレスティーナ』、最初の夫人・元ロシアのバレーダンサー・オルガを描いた新古典主義時代の作品『肘掛椅子に坐るオルガの肖像』、
オルガとの一人息子・ポールを描いた『アルルカンに扮したポール』、シュールレアリスム時代に描かれた、ピカソ45歳の時の17歳の愛人『マリー・テレーズの肖像』、写真家で『ゲルニカ』の制作過程を撮影したもう1人の愛人『ドラ・マールの肖像』、
晩年のテーマ・画家とモデルの作品『草上の朝食・マネに基づく』……など、見逃せない作品が多く展示されています。

パリのピカソ美術館は2015年のリニューアルにより展示スペースが2倍に増えたため、リニューアルオープン前は約280点だった展示数が約500点に変更になりました。

地下には愛人だったドラ・マールが撮影した『ゲルニカ』の制作過程の写真展示、3階にはピカソが所有していたマティスを始めとする他の画家の作品の展示スペースもありますよ。

パリ

ピカソ美術館は別名オテル・サレ(日本語で『塩の館』の意味)と呼ばれる17世紀の塩税徴収人の屋敷を利用した美術館で、マレの落ち着いた街並みに溶け込み、ちょっと美術館とは気付きにくい雰囲気です。
そこがいわゆる箱モノの美術館と異なり、作品との距離が近く、アットホームな雰囲気で作品を鑑賞することができます。

内部も、シックなモノトーンのタイルや、屋根裏の梁など、あまりピカソに興味がなくても歴史的な建物に興味のある方ならば楽しめるスペースになっています。

彫刻家・ジャコメッティの弟ディエゴ・ジャコメッティがシャンデリヤや椅子などの装飾を手掛けているので、そこも見どころの一つです。

パリのピカソ美術館の館内には、テラス席もあるカフェスペースやミュージアムショップもあるので、展示を見た後、作品談義に花を咲かせたり、しばし感慨にふけってみたりしてみてはいかがでしょうか。